大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)6116号 判決

主文

一  原告らの執行文付与に対する異議の訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

一  請求原因1について

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる(一部当事者間に争いがない事実を含む。)。

1  秋山圭は、昭和二八年一二月一日当時、本件各土地及び本件1の建物を所有していた。

2(一)  秋山圭は、昭和二八年一二月一日、近畿相互銀行から、六八二万五〇〇〇円を、次の約定で借り受けた。

(1) 弁済期 昭和二九年一月から同三二年三月まで毎月一〇日限り各一七万五〇〇〇円を支払う。

(2) 損害金 日歩七銭

(二)  秋山圭は、同日、同銀行との間で、右債務の履行を担保するために、本件各土地及び本件1の建物について、右債務の履行を怠つたときは、同銀行において、債務の履行に代えて本件各土地及び本件1の建物の所有権を取得することができる旨の代物弁済の予約契約及び抵当権設定契約を締結し、同月二日、同銀行に対して、本件仮登記及び本件抵当権設定登記を経由した。

3  原告田中は、同月一日、近畿相互銀行に対し、秋山圭の右2(一)の債務について連帯保証した。

4  秋山圭は、前記2(一)の債務を履行しなかつたため、原告田中は、昭和三七年三月二日、近畿相互銀行に対し、右3の連帯保証債務の履行として、前記2(一)の残債務元本一九八万二〇〇一円及びこれに対する遅延損害金一万七九九九円(合計二〇〇万円)を支払い、これに基づき、同日、本件仮登記について、権利譲渡を原因とする移転の付記登記を、本件抵当権設定登記について、代位弁済を原因とする移転の付記登記をそれぞれ経由した。

5  秋山圭は、右代位弁済により原告田中が取得した貸金債権等(本件被担保債権)の支払をしなかつたので、同原告は、昭和四二年四月二日、右債務を七日以内に支払うよう催告するとともに、右催告期限内にその履行がないときは、本件各土地及び本件1の建物についての代物弁済予約を完結する旨の意思表示をした。

秋山圭は、原告田中に対し、右催告にかかる債務の履行をしなかつた。

6  秋山圭は昭和五五年一〇月三〇日に死亡し、その妻である原告秋山が秋山圭を単独で相続した。

7(一)  原告田中は、原告秋山外八名を相手方として、大阪地方裁判所に本件仮登記の本登記手続請求訴訟を提起し、右訴訟で原告田中勝訴の判決が言い渡されたが、同訴訟の被告らが大阪高等裁判所に控訴し(別件訴訟)、同裁判所で、昭和五九年一一月三〇日、原告田中と同秋山との関係で、「原告秋山は、同田中から二億一一五六万九七八三円の支払を受けるのと引換えに、同田中に対し、本件各土地及び本件1の建物について本件仮登記の本登記手続をせよ。」という内容を含む判決(別件判決)が言い渡され、右判決は、原告田中と同秋山との間で、同年一二月一五日に確定した(別件確定判決)。

(二)  別件判決は、前記1ないし6の事実、別件訴訟の口頭弁論終結時である昭和五九年一〇月五日における本件被担保債権の金額は、二〇〇万円及び内一九八万二〇〇一円に対する昭和三七年三月三日から同五九年一〇月五日まで日歩七銭の割合による金員(一一四五万〇二一七円)の合計一三四五万〇二一七円であること、右口頭弁論終結時における本件各土地及び本件1の建物の時価は二億二五〇二万円であることをそれぞれ認定し、又は、当事者間に争いのない事実とし、これらの事実に基づき、原告田中が、同秋山に対して、右の土地建物の価格から右の被担保債権額を控除した金額(二億一一五六万九七八三円、本件清算金)を支払うのと引換えに、本件各土地及び本件1の建物について本件仮登記に基づく本登記手続請求権を有することを認めたものである。

8  本件各土地について、(1)被告松岡に本件1の登記及び本件2の登記が、(2)被告兼近に本件3の登記及び本件4の登記が、(3)被告新開に本件5の登記及び本件6の登記が、(4)被告新興土地株式会社に本件7の登記が、(5)被告石田に本件8の登記が、(6)被告ネオソシオに本件9の登記が、(7)被告大和銀行に本件10の登記及び本件11の登記がそれぞれ経由されている。

二1  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる(一部当事者間に争いがない事実を含む。)。

(一)  相武は、昭和五九年一一月二九日、原告秋山に対し、二億円を限度として融資を行うことを約し、同日、七五〇〇万円を、弁済期昭和六〇年五月二八日の約定で貸し付けた。

(二)(1) 原告秋山は、同日、原告田中を代理して、相武との間で、原告秋山が相武に対して負う右(一)の債務及び同人に対して将来負うべき一切の貸金債務の履行を担保するため、原告田中が前記一の1ないし6の事実に基づいて取得した権利、すなわち、代位弁済により取得した貸金債権等(本件被担保債権)及び求償債権並びに本件被担保債権を担保する本件各土地及び本件1の建物についての仮登記担保権(本件仮登記担保権)及び抵当権(本件抵当権)に担保権を設定する旨の契約を締結した(右契約が譲渡担保の設定を内容とするものであるか、また、相武が被告松岡を代理して右契約を締結したものであるかについては、後に検討する。)。

(2) 右(1)に先立ち、原告田中は同秋山に対し、被告松岡は相武に対し、本件仮登記担保権等について担保権を設定することについて包括的な代理権を授与した。

(3) 前記(1)の担保権設定契約に基づいて、昭和五九年一二月四日、本件各土地について、被告松岡に対して本件1の登記(仮登記)が経由された。

(三)  相武は、原告秋山に対し、前記(一)に追加して、次のとおり六〇〇〇万円を貸し付けた。

(1) 昭和六〇年三月中ころ 二三五〇万円

(2) 同月三〇日 三五〇〇万円

(3) 同年四月一日 一五〇万円

(四)  相武と原告秋山との間で、昭和六〇年三月二八日、前記(一)、(三)の貸金(合計一億三五〇〇万円)について、次のとおり、消費貸借の目的とする旨の合意をした(本件貸金債権、本件貸金債務)。

(1) 弁済期 昭和六〇年九月三〇日

(2) 期限の利益喪失 他の債務のため、強制執行、執行保全処分を受けたときは当然に期限の利益を喪失する。

(五)  原告秋山は、本件各土地上に存した被告新開の所有にかかる本件2の建物に居住していたところ、同被告の申立に基づき、昭和六〇年六月二二日、右建物明渡の強制執行(本件明渡執行)がなされた。

(六)  前記(二)(1)の担保権設定契約に基づき、昭和六〇年七月三〇日、本件各土地について、被告松岡に対して本件2の登記が経由された。

(七)(1) 相武は、同年九月一七日、原告秋山に対して貸金債権等として、一億二五三二万二二九五円及び内一億二一一八万九〇五九円に対する同月一八日から支払済みまで日歩六銭の割合による遅延損害金債権を有するものとして、被告兼近に対し、これを代金一億二五三二万二二九五円で売却し、同月二一日、同原告に対し、右債権譲渡の通知をした。

(2) 被告松岡は、昭和六〇年九月一七日、相武の承諾のもとに、被告兼近に対し、本件仮登記担保権等自体又は、本件仮登記担保権等につき設定された前記(二)(1)の担保権(そのいずれであるかについては、後に検討する。)を、代金一三九三万一六四五円で売却し、同月二一日、原告秋山に対し、右の権利を被告兼近に譲渡した旨通知した。

右売買契約に基づき、本件各土地について、被告兼近に対して本件3の登記及び本件抵当権の移転登記が経由された。

(八)(1) 被告兼近は、原告秋山に対して〈1〉同被告が同原告に対して、昭和四一年二月一九日から同五八年一二月八日までの間に二一回にわたつて、一八三四万三三七七円を貸し付けたことによる元本、利息及び遅延損害金債権として合計五四六二万三八五八円の債権、〈2〉同被告が同原告に対して、昭和五九年一二月一五日、一七六九万五一九〇円を貸し付けたことによる元本及び利息債権として一九七〇万九五三三円、〈3〉同被告が相武から譲渡を受けた同原告に対する貸金債権等として一億二五三二万二二九五円の債権の各債権を有するとともに、同原告に対して本件清算金二億一一五六万九七八三円及びこれに対する別件訴訟の口頭弁論終結の日である昭和五九年一〇月五日から同六〇年九月一八日までの間の民法所定の年五分の割合による利息一〇〇八万五七九二円の支払義務を負つていると主張して、昭和六〇年九月二四日、同原告に対し、同原告に対する右各債権を自働債権、同被告に対する右支払義務を受働債権として、その対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(2) 被告兼近は、昭和六〇年九月二四日、原告秋山が従来の住居を去つて行方が知れず、右(1)の相殺による本件清算金の残額及びこれに対する利息を受領することができないということを理由として、大阪法務局に、同原告を被供託者として、二二一一万三三四三円を弁済供託した。

(3) 被告兼近は、同月二七日、別件確定判決にかかる請求権を原告田中から被告松岡を通じて承継し、更に、右請求権において引換給付とされていた本件清算金を給付したものとして、大阪地方裁判所に承継執行文付与の申立てを行い、同裁判所書記官は、同年一〇月一七日、右確定判決に本件執行文を付与した。

被告兼近は、同月一八日、右執行文の付された確定判決の正本を用いて、本件各土地について、自己に対して本件4の登記を経由した。

(九)(1) 被告兼近と同新開は、同年五月一七日から同年一一月二八日にかけて一六回にわたり、創建ホームから、合計六億七七〇〇万円を弁済期を定めないで連帯して借り受けた。

被告兼近は、同年一〇月二九日、同新開に対し、本件各土地を用いて右借受金債務の返済資金を調達することを依頼するとともに、右目的のために、本件各土地を同人に信託譲渡し、これに基づき、本件各土地について、同人に対して、同日、本件5の登記が、同月三〇日、本件6の登記がそれぞれ経由された。

(2) 被告新開は、同新興土地株式会社の斡旋により、日本債券信用銀行から、本件全不動産、すなわち、大富産業(代表者被告新開)と福江の共有にかかる別紙物件目録六記載の土地(本件各土地の隣接地)と同土地上の建物並びに本件各土地を担保にして、右(1)の創建ホームに対する借受金債務の返済資金の融資を受けることとなつたが、被告兼近及び同新開は、同銀行との間に従前取引がなく、被告新興土地株式会社がそれまで同銀行との間で右の融資の折衝にあたつていたことから、同銀行から借主及び担保物件の提供者を被告新興土地株式会社とすることが要請された。

そこで、被告新開は、同兼近の承諾の下に、大富産業及び福江とともに、昭和六〇年一二月二〇日、被告新興土地株式会社に対し、本件全不動産を代金一三億五〇〇〇万円で売却し、これに基づき同日、本件各土地について、同被告に対して本件7の登記が経由された。そして、被告新興土地株式会社は、日本債券信用銀行に対して右不動産に抵当権を設定して、同銀行から一三億五〇〇〇万円を借り受け、右金員から一五三四万五〇〇四円を自らが経費として取得したうえ、これを控除した残額を右売買の代金として、被告新開に対して支払つた。

被告新開、大富産業及び福江と被告新興土地株式会社との間の右売買契約は、日本債券銀行から融資を受ける手段として締結されたものであり、右契約締結の際、「被告新開又は、大富産業は、昭和六一年三月二〇日を期限として、本件全不動産を、一三億三四六五万四九〇〇円に諸経費等の金額を付加した代金額で買い戻すことができる」という合意がなされた。

(一〇)  その後、被告新開と同新興土地株式会社との間で、買戻代金の額をめぐつて紛争が生じ、昭和六一年三月二〇日までに被告新開及び大富産業が右買戻権の行使をしたのに対し、被告新興土地株式会社がこれに応じないということがあつたが、結局、被告兼近、同新開及び同石田と被告新興土地株式会社との間で、被告石田が代金一七億三三八〇万円で本件全不動産を買い受けるということで協議がまとまり、被告石田は、昭和六一年六月一八日、被告新興土地株式会社との間で、本件全不動産を右の代金額で買い受ける旨の契約を締結し、同月二七日、これに基づき、本件各土地について本件8の登記を経由した。

(一一)  被告ネオソシオ(当時はダイエー通商株式会社)は、同年六月二一日、被告石田との間で、本件全不動産を代金二八億四五五〇万円で買い受ける旨の契約を締結し、これに基づき、同月二七日、本件各土地について本件9の登記を経由した。

(一二)(1) 被告ネオソシオは、同年六月二七日、被告大和銀行との間で、本件全不動産について、同被告に極度額三三億円の根抵当権を設定する旨の契約を締結し、同年八月四日、これに基づき、本件各土地について、同被告に対して本件10の登記が経由された。

(2) 被告ネオソシオは、平成元年三月三一日、被告大和銀行との間で、本件全不動産について、同被告に極度額二億円の根抵当権を設定する旨の契約を締結し、同年四月三日、これに基づき、本件各土地について、同被告に対して本件11の登記が経由された。

なお、原告らは、「被告石田が同新興土地株式会社との間で締結した本件全不動産の売買契約(前記(一〇))は、右被告らが、いずれも右売買をする意思がないのに、これがあるもののように仮装したものである」と主張するが(再抗弁4)、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2(一)  前記1(二)(1)の担保権設定契約について、被告らは、右契約は原告秋山の相武に対する債務の履行を担保するため本件仮登記担保権等を譲渡したものであると主張するのに対し、原告らは、右契約は本件仮登記担保権等について仮登記担保権を設定したものであると主張するので、以下、この点について判断する。

(二)(1) 《証拠略》によれば、右(一)の担保権を設定する際、〈1〉原告秋山は、「借用金の元利金等の支払を担保する為、借主はその所有にかかる後記物件の所有権を本日貴殿に譲渡し」という条項がある金員借用並びに担保契約証書の「借主兼譲渡担保提供者」と記載されている欄の下に、自己の署名押印をするとともに、原告田中を代理して同原告の署名押印をしたこと、〈2〉原告秋山は、「債権及びその担保権を譲渡する」旨の記載のある抵当権付債権譲渡契約書の債権譲渡人の欄に、原告田中を代理して、同原告の署名押印をしたこと、〈3〉司法書士事務所の事務員である野村英雄(以下「野村」という。)は、相武側から、原告秋山の借受金債務を担保するため、本件仮登記担保権及び本件抵当権によつて担保されている本件被担保債権の譲渡を受ける旨聞いていたので、右〈2〉の抵当権付債権譲渡契約書を準備したうえで、原告秋山に右〈2〉のとおり署名押印してもらつたこと、そして、〈4〉野村は、右〈3〉のとおり被担保債権が譲渡されるのであれば、本件仮登記担保権も移転するので、本来は、右仮登記担保権にかかる所有権移転請求権の移転登記をすべきであるが、登記済権利証がなかつたため移転仮登記をすることになる旨を相武及び原告秋山に説明し、その了解を得たこと、また、〈5〉野村は、原告秋山に対して、債権者側において右移転仮登記の本登記手続をするためには保証書が必要となることを説明し、「登記の権利証書を滅失したため保証書を作成することを依頼する」旨の保証書作成依頼書に原告田中を代理して同原告の署名押印をしてもらい、これを相武に交付したことが認められる。

(2) これに対し、証人工藤及び原告秋山は、「設定する担保権については、本件仮登記担保権等について牧内幸子に対して従前設定していた担保と同じ担保権を設定するという話であつた」旨供述し、《証拠略》によれば、本件仮登記担保権等について牧内幸子に対して設定していた担保権は、代物弁済予約の形式をとつた仮登記担保権であることが認められるが、他方において、原告秋山は、「牧内幸子に対して従前設定していた担保権と同じ担保権を設定するという取決めを相武側としたわけではない」旨供述していること及び右(1)の事実に照らせば、証人工藤及び原告秋山の前記供述は信用することができない。

(三)  右(二)(1)の事実によれば、前記1(二)(1)の担保権設定契約は、原告秋山の相武に対する債務について不履行があつたときにはじめて本件仮登記担保権等を移転する旨のものではなく、右債務の履行を担保するために、本件仮登記担保権等を直ちに移転する旨のもの(すなわち、譲渡担保契約)であるというべきである(右契約を、以下「本件譲渡担保契約」という。)。

なお、本件譲渡担保契約に基づいて経由されたのは仮登記であるが(前記1(二)(3))、右(一)、(二)の事実によれば、それは、右契約を締結した当事者が登記済権利証を有しなかつたため、不動産登記法二条一号の仮登記を経由したものと認められることに照らせば、右の認定を左右しない。

3(一)  本件譲渡担保契約について、被告らは、相武は被告松岡の代理人として右契約を締結した旨主張するのに対し(抗弁2(二)(1))、原告らは、被告らの右主張を争うので(抗弁に対する認否及び主張2原告らの主張(一)、右原告らの主張を、以下単に「原告らの主張」という。)、以下、この点について判断する。

(二)  証人永楽、同野村及び同山下は、「本件譲渡担保契約を締結する際、原告秋山と相武との間で、被告松岡に本件仮登記担保権及び本件抵当権を譲渡するという話は出ており、原告秋山はこれを了承していた」旨証言するのに対し、証人工藤及び原告秋山は、「右の権利を被告松岡に譲渡するという話は出ておらず、借金の相手方である相武が担保権を取得するものと思つていた」旨供述しているので、いずれを信用すべきかについて検討するに、《証拠略》によれば、原告秋山は、右契約を締結した約二か月後である昭和六〇年二月五日に、被告兼近に対し、相武から七五〇〇万円を借り受けるとともに、被告松岡に対して本件仮登記担保権等を譲渡した旨の報告をしたことが認められ、右事実に照らせば、証人永楽、同野村及び同山下の前記証言は信用することができ、証人工藤及び原告秋山の右供述は信用することができないというべきである。

(三)  前記1(一)、(二)及び2(三)の事実並びに証人永楽、同野村及び同山下の右(二)の各証言によれば、相武は、被告松岡の代理人として本件譲渡担保契約を締結したことが認められる。

4(一)  前記1(七)(2)の被告松岡と同兼近間の売買契約の目的物について、被告らは、これが本件仮登記担保権等自体の譲渡であると主張するのに対し(抗弁2(八)(3))、原告らは、これが本件仮登記担保権等についての譲渡担保権とその被担保債権(本件貸金債権等)であると主張するので(原告らの主張(四))、以下、この点について判断する。

(二)  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 相武は、昭和六〇年九月一七日、原告秋山に対して次の貸金債権等として合計一億二五三二万二二九五円及び内一億二一一八万九〇五九円に対する同月一八日から支払済みまで日歩六銭の割合による遅延損害金債権を有するものとして、被告兼近に対し、右債権を代金一億二五三二万二二九五円で売却した(前記1(七)(1))。

〈1〉 本件貸金債権の残元本 一億二一一八万九〇五九円

〈2〉 遅延損害金 三八二万四九二六円

右〈1〉の金員に対する期限の利益喪失の日の後である昭和六〇年八月一日から同年九月一七日までの間の遅延損害金

〈3〉 費用請求権(公正証書作成費用、登記手続費用) 三〇万八三一〇円

(2) 相武及び被告松岡と被告兼近は、「〈1〉相武が昭和六〇年四月一日までに、原告秋山に対し、合計一億三五〇〇万円を貸し付けていた(本件貸金債務、本件貸金債権)、〈2〉原告秋山は、相武に対する本件貸金債務の履行を担保するため、本件仮登記担保権等を被告松岡に譲渡する旨の譲渡担保契約をした、〈3〉原告秋山は、昭和六〇年六月二二日に本件明渡執行を受けたため、同原告は、本件貸金債務の期限の利益を喪失した、〈4〉そこで、被告松岡は前記〈2〉の譲渡担保権を実行するものとする、〈5〉本件仮登記担保権等は、別件確定判決によつて認定されたその被担保債権に基づき一三八一万〇九四一円(二〇〇万円及び内一九八万二〇〇一円に対する昭和三七年三月三日から期限の利益を喪失した日である昭和六〇年六月二二日まで日歩七銭の割合による金員)と評価し、これを本件貸金債権から控除して清算すると、同債権の残元本は、一億二一一八万九〇五九円となる」と考えて、右(1)〈1〉の残元本を算出し、相武はこれを被告兼近に譲渡した。

(3) 被告松岡は、昭和六〇年九月一七日における、本件仮登記担保権等の価格を、別件確定判決で認定されたその被担保債権と同額、すなわち、二〇〇万円及び内一九八万二〇〇一円に対する昭和三七年三月三日から昭和六〇年九月一七日まで日歩七銭の割合による金員の額(一三九三万一六四五円)と考え、右の代金額で、被告兼近に本件仮登記担保権等を売却した。

(三)  右(二)の事実によれば、相武及び被告松岡は、本件仮登記担保権等が本件貸金債務等についての履行遅滞の結果譲渡担保権に基づいて被告松岡に確定的に帰属したものと考えて、これを同兼近に売却したものであり、また、右のように考えたことから、本件仮登記担保権等の価格に相当する額について譲渡担保権の被担保債権が満足したものとして、被担保債権の額から右の価格を控除したうえ、残債権を担保権のついていない債権として、被告兼近に売却したことが認められるのであつて、右事実に照らせば、被告松岡が被告兼近に本件仮登記担保権等を売却した行為は、本件仮登記担保権等について有していた譲渡担保権をその被担保債権とともに譲渡したものではなく、譲渡担保の目的物自体を譲渡したものというべきである。

5(一)  以上によれば、被告松岡は同兼近に対し、譲渡担保の目的物である本件仮登記担保権等自体を譲渡したことになるので、以下、譲渡担保権者が譲渡担保の目的物(不動産)を第三者に譲渡した場合の効果について検討する(本件では、譲渡担保の目的物は不動産の所有権ではなく、不動産についての仮登記担保権及び抵当権並びにその被担保債権であるが、同様に考えるべきである。)。

(二)  不動産を目的とする譲渡担保は、債権担保のために目的不動産の所有権を移転するものであるが、右所有権移転の効力は債権担保の目的を達するために必要な範囲内において生じるというべきである。

従つて、債務者(譲渡担保設定者)が債務の履行を遅滞した場合に、債権者(譲渡担保権者)は、目的不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめるか又は第三者に売却等をすることによつて、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等をもつて自己の債権の弁済に充てることができ、その結果剰余が生じるときは、これを清算金として債務者に支払うことを要するものと解すべきである。そして、弁済期の経過後であつても、債権者が担保権の実行を完了するまでの間、すなわち、(1)債権者が目的不動産を適正に評価してその所有権を自己に帰属させる帰属清算型の譲渡担保においては、債権者が債務者に対して、目的不動産の適正評価額から債務額を差し引いた清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をするまでの間、(2)目的不動産を相当な価格で第三者に売却等をする処分清算型の譲渡担保においては、その処分の時までの間は、債務者は、被担保債務の全額を弁済して譲渡担保権を消滅させ、目的不動産の所有権を回復することができる(以下、この権能を「受戻権」という。)が、右の帰属清算型の譲渡担保において、債権者が弁済期の経過後右(1)の清算金の支払若しくはその提供又は目的不動産の適正評価額が債務の額を上回らない旨の通知をせず、かつ、債務者も債務の弁済をしないうちに、債権者が目的不動産を第三者に売却等をしたときは、債務者はその時点で受戻権を失うものと解すべきである(最高裁昭和六〇年(オ)第五六八号同六二年二月一二日第一小法廷判決・民集四一巻一号六七頁参照)。

また、債務者が被担保債務の履行を遅滞していないにもかかわらず、債権者が譲渡担保の目的不動産を第三者に譲渡した場合の効果について考えてみるに、前示のように、譲渡担保契約によつて、債権担保の目的の範囲内であるとはいえ、目的不動産の所有権は債権者に移転し、債務者は前記受戻権を有するものであるところ、右受戻権は何ら公示されていないのであるから、債務者は、債権者からその目的不動産を譲り受けた第三者に対しては、右第三者が背信的悪意者に当たる場合(すなわち、右第三者が目的不動産の譲渡を受けた際、それが譲渡担保の目的物であり、かつ、債務者が被担保債務の履行を遅滞していないことを知つており、債務者の受戻権を否定することが信義則に反するという場合)は格別、そうでない限り、右受戻権を対抗することはできず、右第三者は受戻権の負担のない目的不動産の所有権を取得することができると解するのが相当である。従つて、右第三者は、目的不動産につき登記を経由することにより、右所有権を債務者に対抗することができ、これにより、債務者はその受戻権を失うというべきである。

6(一)  そこで、被告松岡が同兼近に対し、譲渡担保の目的物である本件仮登記担保権等を譲渡したことについて、右譲渡が譲渡担保権の被担保債権の弁済期が経過した後になされたものであるか否かを検討するに、被告らは、「原告秋山は、本件明渡執行を受けたことにより、本件貸金債務の期限の利益を喪失した」旨主張するのに対し(抗弁2(五))、原告らは、「右強制執行は、すでに効力を失つた債務名義に基づきなされた違法な執行であるから、原告秋山が右執行によつて期限の利益を喪失することはない」旨主張するので(再抗弁3(一))、以下、この点について判断する。

原告らは、「右明渡執行は、秋山圭と被告新開との間で、大阪簡易裁判所においてなされた、再抗弁3(一)(1)の〈1〉、〈2〉をその内容とする即決和解の和解調書(本件和解調書)に基づいて、秋山圭の承継人である原告秋山に対して行われたものであるが、右即決和解の後、原告秋山と被告新開は、再抗弁3(一)(2)の合意をしたから、右和解調書の建物明渡についての債務名義としての効力は失われた」と主張するが、右合意が債務名義に表示された建物明渡請求権を放棄する趣旨であるとは解せられないうえ、仮に、右請求権を放棄する趣旨であつたとしても、これによつて当然に本件和解調書の債務名義としての執行力が失われるものではなく、その執行力を排除するためには請求異議の訴えによらなければならないものというべきである。更に、適式な執行文の付与された債務名義の正本のある以上、執行機関としては債務名義の執行力の有無を調査する必要はなく、これに基づいて機械的に執行すべきであり、仮に、債務名義が失効していても、その執行は適法と解すべきものである。従つて、いずれにしても原告らの右主張は失当であり、原告秋山は、本件明渡執行によつて、本件貸金債務の期限の利益を喪失したものというべきである。

(二)(1) 次に、原告らは、「相武は、昭和六〇年七月二九日、原告秋山に対し、本件貸金債務の期限を猶予した」旨主張するので(再抗弁3(二))、以下、この点について判断する。

(2) 前記1の事実及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

〈1〉 被告兼近は、昭和五九年一二月中旬ころ、被告松岡に本件1の登記が経由されていることを知つたが、被告兼近は、昭和五〇年七月二三日付の原告田中との譲渡担保契約によつて自己が本件仮登記担保権等を有していると考えていたため、昭和五九年一二月二〇日に被告松岡に対して、本件仮登記担保権及び本件抵当権について処分禁止の仮処分の申立てを行い、同月二一日に右仮処分決定を得た。

〈2〉 被告新開は、被告兼近と相談のうえ、昭和六〇年五月二七日、本件和解調書に基づき、原告秋山に対して、被告新開の所有にかかる本件2の建物の明渡の強制執行を申立て、同年六月二二日、右明渡執行が完了した。

〈3〉 被告兼近は、昭和六〇年六月二五日、被告松岡に対して、本件1の登記の抹消登記手続を請求する訴訟を提起した。

〈4〉 被告松岡は、相武の妻であり、本件仮登記担保権等の管理処分の一切を相武に委ねていたところ、相武は、同年七月一〇日前後ころから、被告兼近と交渉するようになつたが、その後、同被告から、被告松岡と相武が、被告松岡名義の本件1の登記(仮登記)を本登記にすれば、相武の原告秋山に対する債権を買つてもよい旨の提案があり、相武もこれを了承し、以後、同人において、本件1の登記(仮登記)を本登記にするために努力することとなつた。

〈5〉 右〈4〉の本登記をするためには、原告田中の印鑑登録証明書が必要であつたので、相武は、山下栄一(相武のところに出入りしてその仕事の手伝いをしている者、以下「山下」という。)を通じて、原告秋山に対して、同田中の印鑑登録証明書を二通渡してほしい旨申入れ、同月二九日、山下とともに、原告秋山ほか二名と面談したが、その際、相武側から、原告秋山側に対して、「印鑑登録証明書は、預かるだけであつて、使うことはしない。本件貸金債権は、利息さえ支払つてもらえば、一年でも二年でも待つ。追加融資も考えている。」旨の話があつたことから、原告秋山は、当日同田中から委託を受けていた印鑑登録証明書二通を相武に交付した。

右認定に反する証人山下及び同相武の各証言は、あいまい、かつ、不自然であつて信用することができない。

(3) 右(2)の事実によれば、相武は、昭和六〇年七月二九日、原告秋山に対し、本件貸金債権の期限を猶予したことが認められる。

7(一)  以上によれば、本件譲渡担保契約の締結により、被告松岡が本件仮登記担保権等について譲渡担保権を取得し、原告田中が受戻権を有するものとなつていたところ、被告松岡は、譲渡担保権の被担保債権の弁済期が経過する前に、その目的物である本件仮登記担保権等を被告兼近に譲渡したことになるが、前記5で判示したところによれば、原告田中は、被告兼近が背信的悪意者に当たらない限り、同被告に対して右受戻権を対抗することができず、同被告は、原告田中の受戻権の負担のない本件仮登記担保権等を取得するというべきである。そこで、被告兼近が右背信的悪意者に当たるか否かについて、以下判断する。

(二)  前記1の(五)ないし(七)、6(二)(2)の事実及び《証拠略》によれば、(1)被告兼近は、被告新開が昭和六〇年五月二七日に本件明渡執行の申立てを行い、原告秋山が同年六月二二日に、右明渡執行を受けたことをそのころ知つていたこと、(2)被告兼近は、昭和六〇年七月一〇日前後ころからの相武との交渉(前記6(二)(2)〈4〉)の中で、「被告松岡の譲渡担保権の被担保債権である本件貸金債権については、弁済期は昭和六〇年九月三〇日と定められているが、『他の債務のため、強制執行を受けたときは当然に期限の利益を喪失する』旨の期限の利益喪失約款が存したことから、原告秋山は、本件明渡執行を受けたことにより本件貸金債務について期限の利益を失つており、被告松岡は譲渡担保権を適法に実行できる」と考え、同年九月一七日、被告松岡から本件仮登記担保権等を買い受けたことが認められる。

(三)  原告らは、「被告兼近は、相武が前記6(二)のとおり、原告秋山に対して本件貸金債務の期限を猶予したことを知つていた」旨主張するが、(再抗弁3(四))、これを認めるに足りる証拠はない。

(四)  原告らは、「本件仮登記担保権等についての譲渡担保権を実行したことにより、被告松岡は、原告田中に対し、一六億円余りの清算金を支払わなければならないにもかかわらず、同被告は右支払をしておらず、被告兼近は、右清算金の支払未了の事実を知りながら、被告松岡から本件仮登記担保権等を買い受けた」と主張し(再抗弁3(五))、これを理由に、被告兼近が前記背信的悪意者であると主張するものと解されるので、この点について検討するに、前記5(二)のとおり、不動産を目的とする譲渡担保において、債務者(譲渡担保設定者)が債務の履行を遅滞した場合に、債権者(譲渡担保権者)は、目的不動産を換価処分し、その評価額又は売却代金等をもつて自己の債権の弁済に充てることができ、その結果剰余が生じるときは、これを清算金として債務者に支払うことを要するものと解すべきであるが、被担保債権の弁済期の経過後に、債権者が目的不動産を第三者に売却等をした場合は、債務者は、清算金の支払又は提供を受けていないときであつても目的不動産の受戻権を喪失するものと解すべきであるから、前示のとおり前記6(二)(3)の期限猶予の事実を知つていたとは認められない被告兼近が清算未了の事実を知つていたからといつて、前記背信的悪意者ということはできない。

(五)  従つて、被告兼近が背信的悪意者に当たるということはできないから、原告田中は、本件仮登記担保権等について有していた受戻権を同被告に対抗することができず、同被告は、前記1(七)(2)により、受戻権の負担のない本件仮登記担保権等を取得したものというべきである。

8  原告らは、被告兼近が本件仮登記担保権等を取得したことなどを争うので、原告らの主張の当否について、以下判断する。

(一)  原告らの主張(一)は、被告松岡が本件仮登記担保権等について、何ら権利を取得していないことを前提とする主張であり、その前提を欠いているから(前記3)、理由がない。

(二)  原告らの主張(二)(1)及び同(三)は、前記1(二)(1)の担保権設定契約が仮登記担保契約であることを前提とする主張であり、その前提を欠いているから(前記2)、理由がない。

(三)  原告らは、「前記1(二)(1)において設定された担保権が譲渡担保権であるとしても、本件では、担保権設定契約に基づき現実に経由されたのは、仮登記であるから、仮登記担保法二条一項の類推適用がなされるべきであり、従つて、被告松岡が、本件仮登記担保権等を取得するためには、同法二条一項所定の通知を原告田中に対して行う必要がある」と主張するので(原告らの主張(二)(2))、以下この点について判断する。

不動産を目的とする譲渡担保契約について仮登記のみが経由されている場合には、その実質において仮登記担保契約と類似することから、仮登記担保法の規定を準用ないし類推適用すべきであるとする見解があるが、仮に、右の見解をとるとしても、譲渡担保権と仮登記担保権の本質的な違いにかかわる規定については、右準用ないし類推適用は否定せざるをえないというべきである。

仮登記担保法二条一項についてこれを検討するに、同項は、「代物弁済の予約を完結する意思を表示した日等の以後に、清算金の見積額を債務者等に通知し、かつ、その通知が債務者等に到達した日から二月を経過しなければ、その所有権の移転の効力は、生じない」旨規定しているが、譲渡担保権は、前記5(二)のとおり、譲渡担保契約の締結により債権担保の目的の範囲内であるとはいえ、目的不動産の所有権が債権者(譲渡担保権者)に移転するのであり、その点に仮登記担保権と異なる本質的な特性があるというべきである。

従つて、譲渡担保権について、仮登記担保法二条一項を準用ないし類推適用することはできないというべきであり、原告らの前記主張は採用することはできない。

(四)  原告らの主張(四)は、前記1(七)(2)の被告松岡と同兼近間の売買契約は、譲渡担保の目的物自体の譲渡を内容と刷るものではなく、被担保債権及び譲渡担保権の譲渡を内容とするものであることを前提とする主張であり、その前提を欠いているから(前記4)、理由がない。

(五)  再抗弁2の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

9(一)  そこで、被告兼近が取得した本件仮登記担保権の内容について検討するに、右仮登記担保権は、その設定契約の締結、右担保権にかかる代物弁済予約の完結権の行使がなされたのが仮登記担保法の施行前であるから(前記一の1ないし5)、右仮登記担保権には、仮登記担保法の適用はないところ、同法の適用のない仮登記担保権で代物弁済予約の形式をとるものの内容について考えてみるに、債務者に履行遅滞があつた場合に債権者(仮登記担保権者)が予約完結の意思表示をしたときは、債権者において目的不動産を換価処分する権能を取得し、換価のため、目的不動産を適正評価額で自己の所有に帰属させ、債務者に仮登記の本登記手続及び目的不動産の引渡しを求めることができるのであるが、その場合、右評価額が債権額及び換価費用を越え、債権者において右超価額を清算することを要するときは、債権者が清算金を債務者に支払い又は提供するまで、換価処分は完了せず、債務者は債務を弁済して仮登記担保関係を消滅させることができ、また、目的不動産の所有権は、債権者の換価処分権によつて制約されてはいるが、なお債務者にあると解すべきであり、右清算金の支払又は提供がなされたときに、換価処分が完了し、仮登記担保権者の債権が満足を得て仮登記担保関係が消滅し、それとともに、目的不動産の所有権が債権者に移転するものと解するのが相当である(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決・民集二八巻七号一四七三頁、最高裁昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決・裁判集一一六号六七五頁参照)。

(二)  従つて、本件譲渡担保契約が締結された昭和五九年一一月二九日当時、本件仮登記担保権を有していた原告田中は、既に、債務者(担保権設定者)である秋山圭に履行遅滞があつたことから、同人に対して代物弁済の予約完結の意思表示を行つていたのであるから(前記一の1ないし5)、仮登記担保権者として本件各土地の換価処分権を取得し、秋山圭の相続人である原告秋山に対して清算金の支払又は提供をすることによつて、本件各土地の所有権を取得することができる権利を有していたものであり、他方、原告秋山は、同田中の右換価処分権によつて制約されてはいるが、本件各土地の所有権を有していたというべきである。そして、原告田中を原告、原告秋山を被告とする別件訴訟で、昭和五九年一一月三〇日、前記一7の内容の別件判決が言い渡され、同年一二月一五日、右判決が確定したことにより、原告田中が本件各土地の所有権を取得するために原告秋山に支払い又は提供することを要する右清算金の額は二億一一五六万九七八三円(本件清算金の額)に確定したものと解すべきである。

従つて、被告兼近が取得した本件仮登記担保権等は、右の内容の権利であるというべきである。

10(一)  被告らは、「被告兼近は、原告秋山に対して有する債権と本件清算金支払義務を相殺したうえ、右相殺による本件清算金の残額を原告秋山を被供託者として、弁済供託したから、原告秋山に対する本件清算金の支払を完了しており、右相殺及び弁済供託により本件各土地の所有権は同被告に移転した」旨主張するのに対し、(抗弁2(九))、原告らは、「(1)本件清算金は、原告田中が原告秋山に対して支払義務を負うものではなく、従つて、被告松岡、そして、同兼近が、原告秋山に対して支払義務を負うものでもないから、これを相殺の受働債権として行つた被告兼近の相殺の意思表示は無効である、(2)本件清算金の支払は、現実の履行又は提供を要するから、前記相殺によつて、右支払がなされたということはできない、(3)被告兼近がなした相殺の意思表示は、原告秋山に到達していないから、その効力を生じていない、(4)被告兼近が前記の相殺に用いた自働債権はその大部分が存在しないから、右相殺及び前記供託は本件清算金の支払として不十分である、(5)前記供託がなされた当時、原告秋山は、弁済を受領することが可能であつたから、右供託は、供託をする要件が存在しないにもかかわらずなされたものであつて、無効である」と主張し(原告らの主張(六)、請求原因2(二)(2))、被告兼近が原告秋山に対して本件清算金を支払つたことを争つている。

(二)  前記9(一)のとおり、代物弁済予約の形式をとる仮登記担保契約における目的不動産の所有権は、債務者に遅行遍滞があつて債権者(仮登記担保権者)が予約完結の意思表示を行つても、債務者に対して清算することを要する場合は、債務者に対する清算金の支払又は提供がなされるまでは、なお債務者にあり、右清算金の支払又は提供がなされたときに債権者に移転するものと解すべきである。しかし、債務者に対する清算手続が未了であつても、債権者が、被担保債権の弁済期の到来により目的不動産の所有権を取得したとして、仮登記の本登記をしたうえ、その所有権を善意の第三者に譲渡した場合は、債務者は、目的不動産の所有権を右第三者に対抗することができず、右第三者はその所有権を取得することができ、右不動産につき所有権移転登記を経由することにより、右所有権を債務者に対抗することができるものと解すべきである(最高裁昭和四一年(オ)第六〇五号同四六年五月二〇日第一小法廷判決・裁判集一〇三号一頁、最高裁昭和四九年(オ)第七六三号同五一年一〇月二一日第一小法廷判決参照)。また、債権者から目的不動産の所有権の譲渡を受けた者(直接の譲受人)から更に右所有権の譲渡を受けた者(転得者)がある場合についても、右転得者は、目的不動産につき法律上利害関係を有するに至つた者である点では、直接の譲受人と異なるところがないから、右の場合と同様に考えるのが相当であつて(なお、民法九四条二項の第三者につき、最高裁昭和四〇年(オ)第二〇四号同四五年七月二四日第二小法廷判決・民集二四巻七号一一一六頁参照)、債務者は、目的不動産の所有権を善意の転得者に対抗することができず、右転得者はその所有権を取得することができ、右不動産につき所有権移転登記を経由することにより、右所有権を債務者に対抗することができるものと解すべきである。

従つて、仮に、被告兼近が原告秋山に対して本件清算金を支払つた旨の被告らの主張事実が認められないとしても、前記1の(九)ないし(一一)のとおり、被告兼近から同新開、同新興土地株式会社、同石田、同ネオソシオに順次、本件各土地の譲渡がなされたのであるから、被告ネオソシオが、本件各土地の譲渡を受けた当時、本件清算金の支払未了の事実につき善意であれば、同被告は本件各土地の所有権を取得するものというべきである。そこで、以下、被告ネオソシオが右事実について善意であつたか否かについて、検討する。

三  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告ネオソシオは、昭和六一年三月末ないし四月末ころ、ダイドー技建等から、本件全不動産を購入する話を持ちかけられたが、本件各土地の登記簿謄本を見ると、当時の右土地の所有名義人は被告新興土地株式会社であつたが、右土地の所有権が被告兼近に移転するまでの権利関係が複雑であつたので、被告ネオソシオの専務取締役冨道雄、開発事業部長桑嶋邦育は、同社の顧問弁護士である的場悠紀(以下「的場弁護士」という。)とともに、昭和六一年六月七日、被告兼近から同被告が原告秋山及び同田中から本件各土地を取得した経過について説明を受けるため、同被告と面談した。その際、被告兼近は、的場弁護士らに対して、別件判決の正本の写しや本件執行文の付与申立ての一件記録を見せたうえ、原告田中が本件各土地について仮登記担保権を取得したこと、原告秋山の相武に対する一億三五〇〇万円の借受金債務の履行を担保するため、原告田中の右権利が被告松岡に譲渡されたこと、その後、原告秋山が右借受金債務につき期限の利益を喪失し、被告兼近が同松岡から右権利の譲渡を受けたこと、被告兼近において、本件清算金の給付を行つて別件確定判決に本件執行文の付与を受け、本件各土地について所有権移転登記を経由したことなど、被告兼近が本件各土地の所有権を取得するに至つた経緯を説明したが、右執行文付与申立ての一件書類には、原告秋山が相武から合計一億三五〇〇万円を借り受けたこと、原告田中が、右借受金債務の履行を担保するため被告松岡に本件仮登記担保権等を譲渡したこと、更に、被告兼近が同松岡から右権利の譲渡を受けたことなどを証する書証のほか、被告兼近が原告秋山に対して従前貸金債権を有していたこと、被告兼近は相武から原告秋山に対する貸金債権等の譲渡を受けたこと、被告兼近が原告秋山に対し、同原告に対するこれらの貸金債権等を自働債権、本件清算金支払義務を受働債権として相殺したこと、右相殺による本件清算金の残額を原告秋山が受領することが不能であつたため、被告兼近がこれを弁済供託したことを証する書証があつた。

(2) そして、昭和六一年六月一九日ころ、被告兼近及び同石田は、被告ネオソシオの常務取締役賀來俊三と的場弁護士に対し、被告石田が同新興土地株式会社から本件全不動産を買い受けたことを、売買契約書を示して説明するなどし、結局、被告ネオソシオと同石田との間で、両者間で本件全不動産を売買することとする旨の話がまとまり、被告ネオソシオは、同月二一日、被告石田との間で、本件全不動産を代金二八億四五五〇万円で買い受ける旨の契約を締結した(前記1(一一))。

(3) 被告ネオソシオは、前記(1)のとおり被告兼近から関係書類呈示のうえ説明を受けたこと、そして、同被告が別件確定判決に本件執行文の付与を受けて本件各土地について所有権移転登記を経由していたことから、同被告は、本件清算金の給付を行つて、適法に本件執行文の付与を受け、本件各土地の所有権を取得したものと信じていた。

(四) 右(三)の事実によれば、仮に、原告らが主張するように、被告兼近が行つた前記1(八)の相殺や供託によつて、本件清算金の支払が完了したということができないとしても、被告ネオソシオは、本件各土地の譲渡を受けた当時、本件清算金の支払未了の事実について善意であつたと認められ、同被告は本件各土地の所有権を取得したものというべきである。

11(一) そして、被告ネオソシオは、昭和六一年六月二七日、被告石田との右売買契約に基づき、本件各土地について所有権移転登記(本件9の登記)を経由したが、原告らは、右登記は、仮にそれが実体的権利関係に符合するものであつても無効である旨主張しているので(原告らの主張(七)及び再抗弁1)、以下、この点について判断する。

(二) 原告らは、「相武は、原告秋山に対し、真実は、原告田中の印鑑登録証明書を用いて本件2の登記をする意図であるのに、これを秘して、貸金をいつまででも待つから、原告田中の印鑑登録証明書二通を預からせて欲しい旨虚偽の事実を申し向け、印鑑登録証明書を詐取するとともに、原告田中の登記用委任状を偽造して、被告松岡に対して本件2の登記をなしたのであるから、右登記は無効であり、被告ネオソシオに対して経由された本件9の登記も、右登記を前提とするものであるから無効である」と主張する(再抗弁1)。

しかし、右10のとおり、被告ネオソシオは、本件各土地の所有権を取得したのであるから、本件9の登記は現在の実体的権利関係に符合する登記であるところ、原告らの右主張は、現在の権利関係の前の権利関係についてなされた登記について、不動産登記法の定める手続によつてなされていない瑕疵があるという主張に過ぎず、右主張事実があるだけでは本件9の登記が無効となるものではないから、右主張はそれ自体失当である。

(三) また、原告らは、「本件各土地の所有権は、別件判決が確定したことにより原告秋山から同田中に移転し、その後、順次、被告松岡、同兼近と移転したのであるから、まず、原告秋山から同田中に所有権移転登記がなされ、しかる後に、被告松岡、同兼近と所有権移転登記がなされるべきであつた。ところが、別件判決に本件執行文を付与したことにより、登記簿上は、原告秋山から直接被告兼近に所有権移転登記がなされたのであり、これによつて中間者である原告田中の利益が侵害されたのであるから、本件執行文を付与したことは違法であり、取り消されるべきである。そして、本件執行文の付与が取り消されると、被告兼近の所有する本件4の登記はその根拠を失い、遡つて無効となるから、被告ネオソシオになされた本件9の登記も無効となる」と主張する(原告らの主張(七))。しかし、代物弁済予約の形式をとる仮登記担保契約における目的不動産の所有権の移転時期は、前記9説示のとおりであり、本件各土地の所有権は、原則として、債務者である原告秋山に対して本件清算金の支払又は提供がなされたときに、仮登記担保権者である被告兼近に移転するものと解すべきであるから、原告らの右の主張は、その前提を欠いているし、また、右(二)のとおり、本件9の登記は、現在の実体的権利関係に符合する登記であるところ、現在の権利関係の前の権利関係について、原告らの主張する中間省略登記が中間者の同意なくなされたという事実があつても、それによつて、本件9の登記が無効となるものではないから、いずれにしても、原告らの右主張は失当である。

(四) 従つて、被告ネオソシオが本件各土地について経由した本件9の登記は有効というべきである。

12(一) 以上によれば、被告ネオソシオは、本件各土地について所有権移転登記を経由したことにより、前記10のとおり取得した本件各土地の所有権を第三者に対抗することができることとなる。

従つて、仮に、原告秋山に対する本件清算金の支払又は提供が未了であり、同原告が本件各土地の所有権を有していたとしても、右によりその所有権を喪失したものというべきである。

(二)(1) また、原告田中は、本件譲渡担保契約が締結された後は、本件仮登記担保権等について譲渡担保設定者としての受戻権を有していたものであるが、右受戻権を被告兼近に対抗することができず、同被告は、前記1(七)(2)の被告松岡と同兼近間の売買契約により、原告田中の受戻権の負担のない本件仮登記担保権等を取得したものであるところ、被告兼近は、右売買契約に基づき、本件各土地について、本件3の登記を経由したこと(前記1(七)(2))により、原告田中は、右受戻権を喪失し、これによつて、本件仮登記担保権等を終局的に喪失したものというべきである。

なお、原告らは、本件3の登記が無効である旨主張しているが(再抗弁1)、右のとおり被告兼近は本件仮登記担保権等を取得したのであるから、右の登記は実体的権利関係に符合する登記というべきであり、原告らの主張は、前記11(二)と同様、それ自体失当である。

(2) また、仮に、前記7について、被告兼近が背信的悪意者であつたとしても、原告田中は、前記1の(七)ないし(一一)のとおり、本件仮登記担保権等あるいは本件各土地の譲渡がなされたものである以上、右土地を被告石田から譲り受けた被告ネオソシオに対しては、同被告が背信的悪意者に当たらない限り、右受戻権を対抗することができないと解すべきところ、同被告が右背信的悪意者に当たることを認めるに足りる証拠はない。従つて、被告ネオソシオは、受戻権の負担のない本件各土地の所有権を取得することができ、原告田中は、同被告が本件各土地について所有権移転登記(本件9の登記)を経由したことにより、右受戻権を喪失し、これによつて、本件仮登記担保権等をも終局的に喪失したものというべきである。

(3) 原告田中は、同秋山に対して平成二年二月二八日に本件清算金を支払つたことにより、本件各土地の所有権を取得した旨主張しているが(請求原因1(六)(2)〈2〉)、右(1)、(2)のとおり、原告田中は、右の時点において既に本件仮登記担保権等を喪失しているのであるから、右は主張自体失当である。

13 以上の次第で、原告田中の本件1ないし11の各登記の抹消登記手続を求める請求及び原告秋山の本件4ないし11の各登記の抹消登記手続を求める請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

三  執行文付与に対する異議について

前記一の1ないし6、7(一)、二1の(六)ないし(八)及び《証拠略》によれば、(一)別件確定判決は、原告田中の同秋山に対する本件各土地及び本件1の建物についての本件仮登記に基づく本登記手続請求権を表示していること、(二)原告田中から被告松岡、同被告から被告兼近に順次、本件各土地についての本件仮登記にかかる所有権移転請求権の各移転登記が経由されたこと、(三)本件執行文の付与された別件確定判決の正本に基づいて、被告兼近に対して本件各土地について本件4の登記が経由されたこと、(四)本件1の建物は昭和三七年二月二一日に焼失し、その一部が残存する状態になり、昭和四六年二月二日、右焼失を原因として、その登記簿が閉鎖され、右残存部分も、その後取り壊されて滅失したことが認められ、以上によれば、本件執行文の付与された別件確定判決に表示された請求権は、本件各土地にかかるものについては、その執行が完了し、請求権が全部満足されたものというべきであり、本件1の建物にかかるものについては、強制執行が不能となつたものというべきである。

そして、執行文付与に対する異議の訴えの目的は、執行文付与の際に存在すべき実体的要件である条件の成就又は承継を争い、当該執行力ある債務名義の正本に基づく執行を排除することにあるから、執行が完了し、右執行力ある債務名義の正本に表示された請求権が全部満足した場合やあるいは執行が不能である場合には、右訴えを提起することは許されないと解すべきであるから、前記の事実によれば、本件執行文の付与について、執行文付与に対する異議の訴えを提起することは許されないというべきである。

四  以上によれば、原告らの執行文付与に対する異議の訴えはいずれも不適法であるので、これを却下することとし、原告らのその余の請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 小野憲一 裁判官 井田 宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例